神経症的愛情の辛さ

◆神経症的愛情表現の本当の辛さを知る
私は不安障害を患っています。

不安障害になった原因はストレスです。このストレスの中の大きな原因に実家ぐらしであることと、父親の存在がありました。

 

私は以前東京に住んでいたのですが、失業したため長野の田舎にある実家に住むことになりました。父が「帰ってきていいよ」と迎えてくたからです。

しかしこの時私は父が神経症的愛情の性格であることを知りませんでした。というのも、私と父は血が繋がっていないからです。

 

私が高校三年の冬に母が再婚したのですが、私は東京の大学に合格していたので一人暮らしをすることを決めたため、父親の本当の姿を知ることがなかったのです。

父は血の繋がらない私に対して金銭面などでよくしてくれました。大学の入学金をポンと出してくれたのも父です。一人暮らしの費用は奨学金やバイトなどで賄っていたのですが、お金がなく大学の入学金をどうしようか悩んでいたのを助けてくれたのは父です。

 

大学卒業後5年後に務めていた会社が倒産し、失業のため実家に住むことになり、その時初めて神経症的愛情を親に持つ人の、本当の息苦しさを知りました。

 

◆神経症的愛情とは?
神経症的愛情とは人に依存する人のことを指し、他人に対して世話を焼くのですがこれらの行動は見返りを求めての行動であり、自分のほめられたい願望を全面に出して行動することを神経症的愛情と言います。

 

簡単にいえば「私はあなたのために~~をしてあげた」とか「~~をしてもらえて嬉しいでしょ?」とか「私はみんなのためを思って行動しているんだ」と、言葉を発してアピールしてくる人です。

 

神経症的愛情の人が行なっている行動は、一見すると周りの人を助けている行動ですが、その人の行動の動機は「人のため」ではなく「自分のため」です。恩知らずと思われがちですが、この事実は間違いなく本当のことです。神経症的愛情を表現する人は自分の『褒められたい・認められたい』という欲求を満たすために人の世話をします

 

これだけ聞くと、「まぁクセがあるけどいろいろやってくれるからいいんじゃない?」と思う人が多くいますが、やられている方はたまったものではありません。私の父もそうです。

こちらが本当に望んでいることを汲み取らずに「私はあなたのためにやってあげたのだ!」と言われるのです。そしてそれに反論すると怒ります。「せっかくやってあげたのに!」とか「みんなのためを思って行動したのに!」という感じです。

 

また、見返りである感謝の気持ちや感謝の表現が、本人が望んでいる見返りと違う場合や、本人が望んでいた感謝の程度よりも小さい(と本人が感じた)場合も怒ります。「感謝の気持ちが足りない!」とか「思いやりが足りない!」などと言われます。

酷い時は「そんな気持ち(感謝の気持)とか持ってないくせに」などと言われます。

 

◆神経症的愛情を表現する親
神経症的愛情を表現する親は、世間的には『良い親』に思われがちですが、神経症的愛情を表現する親を持つ子供は、本当にして欲しいことや望むものを満たしてもらえず、親を怒らせないように、そして喜ばすために自分の意見を抑えこまないといけないため、かなりストレスのたまる生活をすることになります。

 

父と再婚した母は共依存であったため、私に対して「父親を怒らせないようにして欲しい」と言っていました。

 

暴力を振るうことは絶対にない父親ですし、行動の本心は別として世話を焼く性格ではあるため、ある程度距離を取っていれば良いかと思っていたのですが、私が失業してからすぐ「お父さんのように責任ある社会人になれ!」などとよく私に説教をしていたために、私はストレスから抜けれない生活を強いられるようになりました。言っていることは間違ってないから反論できないんです。

 

この言葉が本心からなら良いのですが、父はよくお酒が入ると「お父さんは職場でなくてはならない人材だ」とか「結果を残してきた」、「私を慕ってくれる部下が多い」など、聞いてもいないのに自慢話が始まることから、自分は凄いというのをアピールしたいのが本心であることは間違いないです。

 

この記事を読んでいる方のほとんどは、「お父さんは別に間違ったこと言ってないんじゃないの?」と思われるでしょう。しかし、これがほぼ毎日ことあるごとに続くとストレスしかたまりません。

しかもこちらは実家ぐらしをさせてもらっている身ですし、本当の父ではないので実母の手前、強く反抗することもできません。

 

「本当の子供でもないのにそこまでしてくれるんだから、良い人じゃない。」という周囲の目はあります。確かにそうでしょう。ですが、だからこそ反論することを封じられた私は耐えるしかありませんでした。

私は父親の『自分を褒めて』という欲求を満たすため、私自身の本心を抑えこみ、父をおだてて喜ばせないといけなくなりました。たとえ私が酔った父から傷つくことを言われても。

 

これがしばらく続いたため、また慣れない田舎暮らしが続いたため、私はストレスから不安障害になってしまいました。

今はかなり回復していますが、病気の症状で電車に乗ることができなかったため、仕事をすることもできませんでした。

ただ、このままだと絶対に病気は全快しませんし、ストレスから逃れられませんので近いうちになんとかしてこの家を出るつもりです。


スポンサードリンク

サブコンテンツ

ページの先頭へ